◆ 水無瀬
古巣の町の本屋さんへ行った。久々に行くことを店主のMさんに連絡しようかとも思ったけど、それによって出勤時間を変更させたりしたくなかったから、直接行ったら、レジ台にいた彼を驚かせた。
長谷川書店は駅の改札の真ん前にある。私にとってここは、家路に着く前にちょっとどこかに立ち寄りたい気分の時や、どうも収まりのつかない気持ちになっている時などに足が向かう場所だから、予定は似つかわしくない。
懐かしい友に会ったと、笑顔で迎えてくれた嬉しさよ。Mさんとはレジ台を挟んでの立ち話ながらも、前置きなしにここ数年の肝心要の出来事をいきなり話すことができてしまう。わたしの話はうまくダイジェストできておらず、圧縮された謎の袋をMさんに手渡すような状態になっているが、彼はその袋を手にして、開け、中に空気を入れながら中身を見とめて、それから自分のことを語り出してくれる。やりとりの間隔を置いて、お客さんが本を購入する。
それからいつものように店内を、本の森を巡回する。本の合間に、小石や貼り紙やオブジェが天井から足元から、ちらほら見受けられる。今までこんな質問したことないけど「オススメありますか」と尋ねてみた。うーんと言って店内を行ったり来たりして、探してくれているのか、本の整理をしているのか、そのうちお客さんの対応をしはじめて、はぐらかされてしまったのか、いや、野暮なこと聞いちゃったかなと思いながら待っていたら、一冊の分厚い本を手渡してくれた。
ヘーゲル『法哲学講義』長谷川宏訳。
縁ある故人のかたの書斎から引き取ることになり、ちょっとずつ読み進めている本だとのこと。その本の重さと値段に一瞬ひるむ私であったが、Mさんの勧めならばと、半ば乗りかかった船で購入しようと決めた。他の本と一緒にレジ持っていくと、「読みますか」と聞くので「読みます」と返事すると「これは私物です」と。かなわないなあとニヤッと笑うしかない。ずっとそちらに遊びにいくと言いながら行けていないので、先にその本を持っていってくださいと言って、貸してくれた。
昨夜からパラパラめくって読み始めている。「が、」なかなかおもしろい。